ビバ!江戸
窃盗や傷害の犯人は……下手人(げしゅにん)とは言わない

下手人とは刑罰のひとつの「下手人」(死刑)からきた言葉で、自ら手を下して人を殺した者の意であった。殺人犯限定である。


江戸の刑罰


江戸の刑は一罰百戒

江戸のお仕置場(刑場) 
鈴ヶ森刑場跡
鈴ヶ森刑場磔台
小塚原刑場 首斬り地蔵
 鈴ヶ森刑場跡 写真下 左側が磔(はりつけ)台 3m余りの角柱を穴に立てそれに縛り付け刺殺した。右側は火炎台で穴に鉄柱を立て縛り付けて焼き殺した。
 小塚原刑場跡 首切り地蔵


死刑(同じ死刑でも6種類あった 軽いものから以下)
下手人
(げしゅにん)
斬首。遺体は引取人がいれば引き取って埋葬可能。 情状酌量の余地のあるケースでの殺人。
死罪(しざい) 斬首の上、試し斬り。 十両以上の盗み。不義密通。
火罪(かざい) 市中引き廻しの上、磔柱に縛り付け火焙り。火焙り(ひあぶり)刑。 放火。
獄門(ごくもん) 市中引き廻しの上、斬首。試し斬り後、首は晒し。 毒薬の販売。偽の秤の製造。主人の妻と密通。
磔刑(たくけい) 市中引き廻しの上、磔柱に縛り付け鑓で突き殺す。処刑後3日間晒し。 キリスト教信仰。関所破り。親殺し。主人殺し。にせ金作り。
鋸挽き
(のこぎりびき)
市中引き廻しの上、二日間土中に頭のみ出し埋め晒したのち磔刑と同じ 反逆罪。鋸は置いておくだけで実際は使わない。

遠島(御定書百箇条[一部]、1742年)
江戸十里以内で許可無く鉄砲を所持するもの 幼女を強姦したもの
博打の胴元 女を犯した寺持ちの僧
指図を受けて人を殺したもの 人殺しの手伝いをしたもの
不当な言いがかりをつけられ刃傷沙汰に及び、相手を殺したもの 口論の上で人を傷つけ、重度の後遺症を負わせたもの
車を引っ掛けて人にけがをさせたもの 十五歳以上で殺人や放火を企てたもの


江戸十里四方追放 日本橋より四方5里のうちをお構い場所(立入禁止地域)
江戸払い 品川、板橋、千住、四谷大木戸のうち及び本所、深川をお構い場所
所払い 現在住む所からの追放 以上追放刑は基本的には無期。
敲き(たたき) 軽敲(50回)・重敲(100回)、女性は代わりに50日・100日の牢舎(過怠牢)
手鎖(てぐさり) 30日、50日、100日 両手を手錠で縛し与力がこれを封印し、家の中で謹慎させた。
過料 金銭罰 軽過料、重過料、応分過料
叱責(しかり) 叱り、急度叱り

オプション刑
闕所(けっしょ) 田畑・家屋敷・家財などを罪の軽重に応じて没収(死罪・遠島・追放等)
非人手下(ひにんてか) 恥辱刑で非人の身分に落とされ、非人頭の支配に属する刑。
入墨(いれずみ) 敲き刑や追放刑に付加された。江戸では左腕に2本線。

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獄門・磔刑・火罪の場合
執行は鈴ヶ森(品川区南大井)や小塚原(荒川区南千住)で行われた。  ともに東海道・奥州道という主要な街道筋に設けられていた。

鈴ヶ森刑場
慶安四年(1651) 開設。
間口40間(74m)
奥行き9間(16.2m)
京浜急行 大森海岸駅北400m
第一京浜国道わき

首切り地蔵
延命寺
寛保元年(1741)刑死者の菩提を弔うため建立された。
刑場の広さ
間口60間余(約108m)
奥行き30間余(約54m)
地下鉄日比谷線南千住駅そば







間男代は75万?!
建前では不義密通は死罪であるが、江戸後期には奉行所もその事案は奉行所へ持ち込まず、内々で済ませるよう言っている。その示談金の相場が江戸では7両2分であった。(一両を10万とした場合)










遠島は基本的には無期限。

十五歳未満は罪一等を減じられた。刑は15歳を過ぎてから執行され、それまでは溜(ため)という施設に収容された。溜はその他牢内の重病人を収容した。  


追放刑は旅行中(旅行の服装)であれば、禁止区域に入れた。この刑については曖昧なところもあった。

江戸時代、入墨と言えば 前科者のしるし。勇み肌のお兄さんのは「彫り物」。間違うと叱られます。 


 

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